CAとコミュニティについて

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本記事はブロマガに投稿した記事を移行したものです。
体裁は整えましたが、内容については手を加えずにそのままにしています。
元のブロマガについた当時のコメントも一緒に移しています。


前回までの記事では主に仕様変更の観点からCAを見てきましたが、今回はCAのコミュニティ界隈の話でも少し書けたらと思います。
ただ前提として、私は後で出てくる組曲コミュに主に所属していましたが、CA界隈全体としてみるとあまり界隈の内部には入っていないため、どちらかというと外側から傍観したよような視点での記事となります。また、資料がそもそもほとんど残っていないということもあって主観要素が多分に混じっていますので、その点もご容赦ください・

 


 

CAをやっている人は俗に「職人」と呼称されることが多いですが、その呼び名から推測するとCA界隈をよく知らない人にとって「職人」とは不特定多数の一匹狼の個人という印象が強いかもしれません。

しかし、その印象はあまり的を射ておらず、実際のところ「職人」というのはどこかのコミュニティに所属することが多いです。

これはCA技術の発展とも関係していて、CA技術の根幹となるような知識はニコニコ動画wik上やニコニコ動画SNS上で公開されていましたが、より実践的な技術や表現技法の多くの部分はコメントアートwikiができるまであまり公にされていませんでした。
また、現在のようなマイメモリー集が多く公開されるようになるのもだいぶ後になってからだったので実践例を見るのも困難な状況でした。(というかマイリストへの導線が非常に限られていたためたどり着くこと自体が難しかったのもあります)

そのため、CAについて学ぶとなると、どこかのコミュニティに所属するか、もしくはCAがよく貼られているような定番動画に赴き、独学で技術を吸収するのが普通でした。

 

そういった発展過程であったために、CAというのはコミュニティとの繋がりが非常に深く、コミュニティの話を抜きにCAの歴史を語る上ではことができません。

 

ところでCAのジャンルはよく「装飾系」「絵系」「歌詞系」に分けられます。

これをコミュニティで読み替えると「CAS」「組曲(+おっくせんまん、いさじ)」「コメント遺産」ということになります。
簡単にまとめると以下のような図になります。

ただこれは本当に簡単な図で、コミュニティを横断的に活動する人や、そもそも所属をしていない人、複合的にいろいろなジャンルに手を出す人などももちろんいるわけで単純に図示することは実際は不可能です。

特に歌詞系なんかは様々にその発展過程が細分化していて複雑です。大まかな流れだと、一枚絵(もしくはスライドショー)が主戦場の装飾歌詞(スキ マツアーなど)、黒画面に歌詞を落とす弾幕歌詞(アンインストールなど)、黒帯が多かった字幕歌詞(MAD動画など)が大きな源流で、それらが遺産の誕生 とともに収束され複合化、高度化していったというような具合です。

 

また、それに加えてコミュニティの形成過程もいろいろと複雑です。

組曲なんかは比較的単純で、動画に集まった人がそのままコミュニティを形成しました。

一方で、コメント遺産の場合は少し特殊で、最初は総合コミュニティの面が強かったのが、後々歌詞系メインになっていった(歌詞主体の人が中心になっていった)というような感じです。

そのため、コメント遺産は人によって見え方が多少異なるかもしれません。CASについてはよく分からないので、大百科を参照くださいhttp://dic.nicovideo.jp/a/コメントアート研究会)

 

大小含めて様々なコミュニティが過去に形成されましたが、その過程の中で最も重要な出来事はコメント遺産コミュニティ(初代co9405、二代目co153153)の誕生でした。

誇張なしに、もし遺産が誕生していなければ今日までのようなCAの盛り上がりはなかったでしょう。

それくらい、コメント遺産が果たした「他ジャンル間同士の交流の場」の機能は非常に画期的なものでした。(このことは「CA祭」についても同様にいえます)

遺産コミュやCA祭のおかげで今でこそコミュニティ間の交流は普通に行われていますが、遺産コミュが誕生する前は困難なことでした。そもそもCAはあまり表立ってしないのが普通ですし、また多くの人に広く開かれ、かつ実名を挙げて交流するような場所が少なかったためニコニコ初期のCA界隈は非常に閉鎖的でした。

そのため、ジャンル間での交流がないどころか、今では考えられないかもしれませんが、 ジャンル間(コミュニティ間)で偏見や誤解がありました。その軋轢を氷解させたのだから、遺産コミュが果たした役割の重大さは推して知るべきでしょう。

 

遺産コミュがジャンル間の軋轢を解消しさらに交流を促すきっかけとなりましたが、その流れをさらに大きく発展させたのは間違いなく「CA祭」です。この2つの合わせ技によってCA界隈が非常に大きなものとなっていきました。

ジャンル複合で行われたCA祭は結局6~10回でしたが、その期間がCAにおいての最盛期といっていいでしょう。

 

ところで、コミュニティとCAが関係しているということは、もちろんCAジャンルの発展にはコミュニティの盛り上がりが関係しています。
図にするとこんな感じです。

つまり、非常に乱暴ではありますが、CAは装飾→絵→歌詞の順にその趨勢が変化していきました。
一目瞭然ですが、CAジャンルでいうと歌詞系は最大勢力で、その技術・表現の蓄積は一番多いです。逆にいえば装飾や絵なんかはまだまだ伸びしろが多いということになります。(ちなみに絵はenderどころか4:3時代からあまり進んでいません)

 

さて、ここまでは主に3つのコミュニティの話を中心にしていましたが、もちろんこの他にも多くのコミュニティが存在していました(mixi、ニコニコfan等のSNSなどやダーマ等の動画コミュニティなどやその他の総合コミュニティなど様々)。

その中でもとりわけ影響が大きかったと個人的に思っているのが、2chスレ(+ニコニコ動画掲示板)の存在です。これはコミュニティとはいい難いですが、初期の開かれた意見交換の場としては重要な役割を果たしていました。ただ負の側面も大きいです。
初期のCA界隈は非常に閉鎖的であったということを既に述べましたが、それは別に技術の囲い込みをして独占したかったというわけではなくて、外部の環境の要因によって仕方なくという側面が大きいです。
特に初期のころはCAの立ち位置が不安定であった(そもそもあまり認められていなかった)ことや2chの批判風土のせいで、CAそのものや特定ジャンル、もしくは個人が表に出ることに対する風当たりは非常にキツいものでした。

現在はCAジャンル自体の成熟の結果もあってそんなことはないですが、昔はCAの「謎の技術」の部分を誇大に競ってた面もあったので、あの時代にもし私が「CAの記事書きました~」なんてすると、まず間違いなく袋叩きに遭っていたことでしょう。
そのため、暴風から逃れるために多くはひっそりと影に隠れることを選択します(匿名文化の影響も大きいですが)。

結果コミュニティは閉鎖的なのとなりました。

過去のCA界隈の閉鎖的な体質(に対する批判はあると思いますが、あの時期はそうせざるを得なかったのではないかと個人的には思っています。

遺産の登場によりそれが徐々に解消されていくことになりますが、初期の頃の体質はその後のCAのあり方に大きな影響を及ぼし続けていくことになります。

 

長々とCAとコミュニティの関係について書いてきましたが、現在のCA界隈はどうなっているかというと、遺産コミュニティの解散をもちまして、残念ながら上記のほぼ全てのコミュニティが解散(もしくは自然消滅)してしまいました。
ただ交流が全て途絶えたかというとそういうわけではなく、twitterやニコレポなんかで交流は行われています。もちろん以前のような密さはないですが、これが今後の主流となっていくのではないかと思われます。

 


 

さて、これで仕様面そしてコミュニティの面から圧倒的に言葉不足ながらも一先ずCA文化を描くことができました。CAコミュニティの特徴的な点は3つのジャンルとコミュニティの関連性、遺産コミュとCA祭の功績、初期の閉鎖的性質の3点です。特に閉鎖的性質はそれ以後のCAの性質を決定付ける点でも非常に重要な事柄で、これが今後ブロマガで書こうと思っている「二重リサイズ」「ツール」「コピペ」「職人という呼称」に深く関わってきます。
というわけで次回はCA文化のさらに根幹に触れるようなことが書ければと思います。

最後に、CAコミュニティに関する資料は残念ながら少ないですが、一つの例としては第2回ニコニコ学会シンポジウム (http://live.nicovideo.jp/watch/lv89959587 タイムシフト有り)のヴァンさんの発表があります。私とは異なるコミュニティの内側からの視点として面白いと思うので興味がある方は他の発表も含めて是非ご視聴ください。

それでは

 


 

↓以下駄文

本文で遺産解散により、ほぼ全コミュニティが消失と書きましたが、これはCAにとっては大きな大きな出来事です。

何事もそうですが人が興味を持つためには、興味の対象そのものが面白いか、対象のコミュニティに所属して意見交換をするのが楽しいかのどちらかが必要だと 思います。が、現在のCAを取り巻く状況としては前述のようにコミュニティは消失し、NG共有によってコミュニティ発展の基かもしくは興味を持つきっかけとなるような定番動画が消失(さらに悪いことに今後も生まれることがほとんどない)してしまっています。つまり入り口と受け口が完全に失われました。
そういったわけで今後もしCAの裾野を広げていこうと思えば入り口と受け口の確保が非常に重要になると思います。特に現在は仕様の面からみても、環境の多様化が進んだため個人による互換性の検証が以前に比べて格段と難しくなっています。その点でもコミュニティが果たす役割は大きくなっています。

広く開かれた意見交換の場を形成できるかどうかが今後の焦点となるのではないでしょうか。

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